四谷怪談観劇録
目吉さま
幕が上がると、其処にゃ縁日の見せ物小屋の看板風に、地獄絵図が毒々しく描かれておりやした。
するとあちこちから浴衣姿の若ぇ男と女が、歌い踊りながらでてきやしてね。
その中から井沢の旦那扮する南北先生が、舞台の中程まで出てきやしたんで。
いやぁ、懐かしかったでやすよ。
南北先生。
あっしが存じてる南北先生と寸分違わぬお姿に、涙が出る思いでやした。
あっしが江戸で人形をこさえている時にゃ、随分とお世話になりやしたよ。
おっと、そんな話しはどうでも良いんで。
で、南北先生の口上が始まったんでやす。
この口上、井沢の旦那扮する南北先生自身が拵えたそうで。
どんな感じになるんだろうと思いやしたが、さすがは本職。
立派な口上でやした。

「東北には高橋克彦なる戯作者がおるそうだが、私から見ればまだまだひよっこ・・・」などと申しておりやしたよ。
あっしからして見りゃどちらも凄い戯作者でやすがね。

で、一通り口上が終わると南北先生は幕間に引っ込みやして、代わりに薬売り姿の直助が出てきたんで。
周りは縁日の賑やかさ。
そこにお袖が通りかかり、高橋克彦版・四谷怪談の始まりでさぁ。
なんでもお袖さんは岩手放送のアナウンサーだとか。
そうとは思えぬ立派な役者ぶりに驚かされやしたよ。
直助にちょっかいを出されて困っているところに与茂七さんの登場だ。
二枚目だねぇ、与茂七さんは。
そうこうしている内に場面が変わって、今度は伊右衛門さんと左門さんの登場でやす。
あっしは見たことがねぇんだが、伊右衛門の旦那は、文士劇の時の斉藤純さんに似てらっしゃるとか。
黒の着流しがよく似合っていて、くぅ〜かっこいいねぇ。
あっしのなかじゃ、鬼九郎って感じもしやしたがね。
とにかく男前の伊右衛門さんが左門さんを殺めて、直助が与茂七さんを殺めて二人で悪巧みをして、それからお岩さんの出番だ。
お岩さんもアナウンサーさんでやしてね。
これがまた、美しいお人でやしたよ。
しかしなんだね、アナウンサーってのはお芝居も上手じゃなくちゃいけないのかね?お袖さん、お岩さんの他に宅悦さん秋山長兵衛さんがアナウンサーさんでやして。
素人とは思えねぇ立派な役者ぶりでやしたよ。
伊右衛門の旦那も普段は寺子屋で先生をしてらっしゃるとか。
最近の素人は恐ろしいねぇ。
本職で役者をやっているお人達が焦るだろうねぇ。
で、本筋は伊右衛門に横恋慕したお梅の祖父・喜兵衛が、孫かわいさに毒薬をお岩さんに飲ませちまうんで。
で、顔が爛れちまったお岩さんと、伊右衛門の家に奉公に来ていた下男の小平を不義に見せかけて戸板の表と裏に張り付けて河に流して、伊右衛門さんはお梅と祝言をあげるが、お岩さんの怨念でお梅とその祖父の喜兵衛を殺め・・・そんなこんなで第一幕は幕を閉じたんでさぁ。

二幕目の舞台が始まると、さぁ、待ってました。
我らが高橋先生の登場だ。
舞台に南北先生と高橋先生演ずる浄念和尚が出てきて話しをしていると、お家断絶となった伊藤家の女中、お槇が何か恵んで下さいと頼み込む。
すると浄念和尚がお経を唱えるって寸法だ。
いやぁ、似合いやすね。
和尚様のお姿。
そういや、禿げづらを被るに当たって、メイクさんに髪の毛を切られたそうでやすよ。
これでしばらく床屋に行かなくて済むと思ったのに、適当に切られたため難儀したと仰っていやしたが・・・あ、ばらしちまいやした。
先生、申し訳ねぇ(爆)

最期の方に、もう一度先生が出る場面があったと思ったんですがね。
出てきたお人は先生じゃ無かったんで。
ま、少しでも見ることが出来たんで良かったでやすがね。
しかしあれだぁ、仏壇返しや赤ん坊がごろりと地蔵になるからくりとか、素人芝居とは思えねぇ仕掛けが随所にあって、感心させられやしたよ。
中でも、最期の場面でお岩さんが仏となって空へ登っていく箇所なんざぁ、紙吹雪がライトに当たってキラキラと輝いて、それはもう感動でやしたよ。
舞台上の恐ろしい浮世絵達も雰囲気を醸し出していて、とても良かったんで。
いやぁ、久しぶりに江戸を堪能したって感じでさぁね。
ただ、欲を言やぁ小屋がちぃとばかし大きい気がしやした。
せっかくのお岩さんのお顔がよく見えなかったんで。
あれが見えれば怖さ倍増って気がしやすよ。
しかしまぁ、全体的には満足いくお芝居でやしたね。
来年もやりたいと先生が仰ってたが、もしやるんならみなさん、見て置いた方が良いですぜ。
そいじゃ、あっしはこのへんで。